東京地方裁判所 昭和60年(ワ)3272号 判決 1986年7月24日
原告
長戸路義光
ほか一名
被告
中島利幸
ほか一名
主文
被告らは各自、原告らそれぞれに対し、各一二七九万五三七〇円及びこれらに対する昭和五八年五月二一日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は、これを二分し、その一を被告らの、その余を原告らの各負担とする。
この判決は、第一項につき、仮に執行することができる。
事実
第一申立
一 請求の趣旨
1 被告らは各自、原告らそれぞれに対し、各二五〇〇万円及びこれらに対する昭和五八年五月二一日から各支払いずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告らの負担とする。
3 仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告らの請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
第二主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 日時 昭和五八年五月二一日午前九時一五分ころ
(二) 場所 東京都板橋区舟渡三丁目一二番一三号先路上(以下「本件事故現場」という。)
(三) 加害車 普通貨物自動車(大宮四四ほ六五〇〇)
(四) 右運転者 被告中島利幸(以下「被告中島」という。)
(五) 被害車 原動機付自転車(葛飾区け七九七一)
(六) 被害者 浅香慶子(以下「亡浅香」という。)
(七) 事故の態様 被告中島が加害車を運転して本件事故現場を走行し、加害車の左方を進行中の被害車に接触して被害車を転倒させ、亡浅香を轢過して頭蓋骨骨折による頭蓋内損傷で即死させた(以下「本件事故」という。)。
2 責任原因
被告中島は、加害車を運転し、被告株式会社田口建材店(以下「被告会社」という。)は、加害車を所有し、それぞれ、自己のために運行の用に供していた者であるから、いずれも自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条により原告らの後記損害を賠償する責任がある。
3 損害
亡浅香及び原告らは、次のとおり損害を被つた。
(一) 逸失利益 六五〇五万七〇六八円
亡浅香は、昭和一〇年九月二日生まれの死亡当時満四七歳の女子で、区立小学校教師として稼働していたので満六七歳までの二〇年間就労可能である。死亡当時の収入は六二六万六一六二円で、公務員であるから将来も定期昇給し、インフレ分につきベースアツプし、退職金等にも差額が出ることが予想される。したがつて、前記収入額を基礎とし、生活費控除率を三五パーセントとし、中間利息の控除を年三パーセントの割合による昇給を加味してライプニツツ式計算法(ライプニツツ係数一五・九六五一)で行うと、亡浅香の逸失利益は右金額となる。
(二) 亡浅香の慰藉料 二〇〇〇万円
本件事故の態様、被告らの本件事故後の対応からみて、亡浅香の精神的苦痛は大きく、また、インフレ加算分等が逸失利益として斟酌されない場合には、慰藉料として斟酌すべきである。
(三) 相続
亡浅香は、右損害賠償請求権を有するところ、原告らは、亡浅香の両親であり、相続人であるから、亡浅香から右損害賠償請求権を相続分に応じて相続した。
(四) 葬儀費用 各五〇万円
原告らは、亡浅香の葬儀費用として右金額を支出した。
(五) 文書料 各一三〇〇円
原告らは、文書料として右金額を支出した。
(六) 損害のてん補
原告らは、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)から各一〇〇〇万一三〇〇円の支払を受けた。
小計 各三二五二万七二三四円
(七) 弁護士費用 各三二五万二七二三円
原告らは、被告らが任意に右損害の支払いをしないため、その賠償請求をするため、原告ら代理人に対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したが、そのうち被告らは右金額を負担すべきである。
(八) 合計 各三五七七万九九五七円
(計算の結果は、すべて原告の計算結果を記載した。)
よつて、原告らそれぞれは、被告ら各自に対し、右損害金の一部各二五〇〇万円及びこれらに対する本件事故の日である昭和五八年五月二一日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1(事故の発生)及び同2(責任原因)の各事実は認める。
2 同3(損害)の事実中、原告らは、亡浅香の両親であり、相続人であること、自賠責保険から各一〇〇〇万一三〇〇円の支払を受けたことは認め、その余は知らない。
三 抗弁
過失相殺
加害車は、車両渋滞と信号待ちのため、本件事故現場先の舟渡交差点の手前四〇ないし五〇メートルの地点で停止し、信号が変わるとともに徐々に前車につれて発進し、約二〇メートル走行したところで本件事故に遭遇している。
加害車進行道路は、舟渡交差点手前では三車線であるが、右交差点を過ぎると、間もなく戸田橋陸橋となるため、第三車線走行車は、右交差点を通過前後から右へハンドルを転把していくのが通例である。右交差点に至るまで加害車進行道路は、直線平担であり、左に幅寄せしていくような状態ではない。
亡浅香は、加害車と左側歩道までの間隔が一・七メートルあり、車両が幅寄せしたわけでもないので、通常では加害車との接触は考えられないのであるが、加害車の動向、車幅にも十分気を配り、道路左側端寄りを徐行し、安全運転すべき義務があるのにこれを怠り、足の傷害で手術し、抜糸もしていないのに被害車を運転し、安全運転及び危険回避義務を怠つた過失により、被害車の右ハンドル上部のミラーを加害車の左前部ライト上部の方向指示灯に軽く接触したはずみに重心を失い、左足でふんばり危険回避の措置も取れず、加害車側に倒れ込み、加害車燃料タンク付近に接触したうえ、左後輪の丸みで頭部を圧迫されたものである。
四 抗弁に対する認否
争う。
本件事故現場の加害車及び被害車の進行方向のすぐ先の舟渡交差点から戸田橋方面の道路は、左側道路が拡張されているため、志村橋から舟渡交差点に至る左側車線は、二車線から次第に三車線(右折車線設置のため)に拡幅され、路側帯に食い込むようになつており、車線は自然に左へ傾斜していく形になつている。このため自動車運転手としては、進路側方特に左側及び後方の車両等に対する安全を充分確認して進行すべき道路状況になつており、死角の大きな貨物自動車の場合には、特にその必要があるにもかかわらず、被告中島は、信号待ちをして加害車を発進する際、何ら左方の安全を確認、注意することなく漫然と加速進行したため、被害者に全く気づくことなく、加害車左前部を被害車右前部に接触させ、加害車左側面にも接触、転倒させ、加害車左後輪で被害者を轢過して死亡させたものである。
第三証拠
本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
一 請求原因1(事故の発生)及び同2(責任原因)の事実は当事者間に争いがない。そうすると、被告らは、それぞれ加害車を自己のために運行の用に供していた者であるから、自賠法三条により原告らの後記損害を賠償する責任があるというべきである。
二 同3(損害)の事実について判断する。
亡浅香、亡好彦及び原告らは、次のとおり損害を被つた。
1 逸失利益 三五一九万円
成立に争いのない甲一一号証の一、原本が存在することは当事者間に争いがなく、証人長戸路政定の証言により真正に成立したと認められる甲三号証及び同証言によれば、亡浅香は、昭和一〇年九月二日生まれの死亡当時満四七歳の女子で、小学校教師として稼働し、前夫と離婚した後、単身で生活を営んでおり、昭和五七年の収入は六二六万六一六二円であつたことが認められる。
亡浅香は、少なくとも満六〇歳までは、小学校教師として稼働し、その後は何らかの職につくものと推認されるが、満六〇歳までは、少なくとも前記金額の収入があり、その後はその六割の収入があると推認されるから、満六七歳までの二〇年間就労可能とし、収入額が男子に比して遜色がない職種であることから生活費控除率を五〇パーセントとし、年五分の割合による中間利息ライプニツツ式計算法で行うと、亡浅香の逸失利益は次のとおりの計算式により右金額となる。なお、原告ら主張の定期昇給については具体的な内容が不明であり、インフレ加算分については認めるに足りる証拠はない。
(計算式)
六二六万六一六二円×(一-〇・五)×九・三九三五+六二六万六一六二円×〇・六×(一-〇・五)×(一二・四六二二-九・三九三五)=三五一九万円(一万円未満切捨て)
2 亡浅香の慰藉料 一二〇〇万円
本件事故の態様、本件事故発生の時期、被告らの本件事故後の対応その他本件訴訟に顕れた諸般の事情に鑑みると、亡浅香の精神的苦痛を慰藉するための慰藉料は右金額が相当である。
3 相続
亡浅香は、右損害賠償請求権を有するところ、原告らが亡浅香の両親であり、相続人であることは当事者間に争いがないから、亡浅香から右損害賠償請求権を相続分(各二分の一、各二三五九万五〇〇〇円)に応じて相続したものである。
4 葬儀費用 各四〇万円
弁論の全趣旨によれば、原告らは、亡浅香の葬儀費用を支出したことが認められ、そのうち右金額を被告らに負担させるのが相当である。
5 文書料 各一三〇〇円
弁論の全趣旨によれば、原告らは、文書料として右金額を支出したことが認められる。
小計 各二三九九万六三〇〇円
6 過失相殺
(一) 原本の存在、成立ともに争いのない甲四、五、八号証、九号証の四、成立に争いのない乙四号証の一から三まで(後記措信しない部分を除く。)、五号証の一、二、第六号証の一から三まで、七号証の一から三まで、八号証の一から三まで、九号証の一、二、被告中島本人尋問の結果(後記措信しない部分を除く。)によれば、以下の事実が認められる。
本件事故現場は、志村橋方面(南方)から戸田橋方面(北方)へ通じる歩車道の区別のある片側車道幅員(志村橋方面(南方)から戸田橋方面(北方)へ通じる方向のもの)九・五メートルの片側三車線の国道一七号線(通称中仙道)上であり、二本の白線表示による中央分離線が設けられ、上り下り線が区別されている。志村橋方面(南方)から戸田橋方面(北方)へ通じる各車線は、中央から右折、直進、直進左折の三車線に白線表示により区分されている。幅員は、歩道寄り三・四メートル、その他の車線は三・一メートルであり、路側帯は設けられていない。本件事故現場は、舟渡交差点に近接しており、舟渡交差点は、国道一七号線と、区道が交差しており、自動信号機による交通整理がなされている。本件事故現場から志村橋よりは、片側車道幅員(志村橋方面(南方)から戸田橋方面(北方)へ通じる方向のもの)八・一メートルの片側二車線に狭められており、白線表示による中央分離線(ゼブラゾーン)が設けられ、上下線が区別されている。志村橋方面(南方)から戸田橋方面(北方)へ通じる各車線は、中央寄り三・五メートル、歩道寄り三・三メートルであり、更に幅員一・三メートルの路側帯が設けられている。つまり、志村橋方面から舟渡交差点に至る車線は、二車線から次第に三車線(右折車線設置のため)に拡張され、路側帯に食い込むようになつており、路側帯は消滅し、車線は自然に左へ傾斜していく形になつている。指定最高速度は時速五〇キロメートルに規制されており、路面は平坦でアスフアルト舗装がされ、本件事故当時は乾燥していた(道路状況の詳細は別紙図面参照)。
被告中島は、加害車(車長四六八センチメートル、車幅一六九センチメートル)を運転して、国道一七号線を志村橋方面(南方)から戸田橋方面(北方)へ歩道寄りの車線を走行していたが、舟渡交差点に設置されている対面信号が赤色を表示したため本件事故現場の手前(別紙面面3地点、以下単に別紙図面の記号のみで示す。)に停止したが、対面信号が青色表示に変わつたため、加害車の左側前方、側方、後方の安全確認を全くすることなく、走行を再開し、約一〇・一〇メートル進行した4地点において(接触地点は歩道から一・四メートルのX1地点)、後方から加害車の左前部ライト上部の方向指示灯を被害者右ハンドル上部に装着されているバツクミラーに接触させ、重心を失つた被害車を加害車側に倒れ込ませ、加害車燃料タンク付近等に接触させたうえ、左後輪で亡浅香の頭部を轢過し、原告を頭蓋骨骨折により即死させたものである。
原告は、被害車を運転して、右道路を加害車と同方向の志村橋方面(南方)から戸田橋方面(北方)へ歩道寄りの車線を走行していたが、前方に信号待ちの車両が停止していたため、停止車両の左側路側帯、更には、路側帯が設けられていない地点では車道の最左端を更に進行したところ、前記のように加害車に接触された。
以上の事実が認められ、前掲乙四号証の一から三まで、被告中島本人尋問の結果中、右認定に反する部分は措信できず、他に右認定の事実を覆すに足りる証拠はない。
(二) 右事実に徴すると、前記のような道路状況であつたのであるから、本件事故現場走行車両は、徐々に左に幅寄せしていくことになるので、被告中島は、加害車を進行させるに当たり、その左後方、側方、前方の車両に充分注意を払う義務があり、死角の大きな貨物自動車の場合には、特にその必要があるにもかかわらず、右注意義務を怠り、信号待ちをして加害車を発進する際、何ら左方の安全を確認、注意することなく漫然と加速進行したため、被害者に全く気づくことなく本件事故を発生させた過失があり、一方亡浅香には、前記のような道路状況であつたのであるから、並走してくる車両が接近してくることは予想できたのであるから、自車の右側方、後方の車両に注意を払つて進行すべき注意義務があるのにこれを怠つた過失があり、被告中島の前記過失と、亡浅香の前記過失とを対比すると、加害車が後方から被害車に接触し、その前後の両車の位置関係が被告中島が加害車の左側に全く注意を払つていなかつたこともあつて、不分明であることから、被告中島九、亡浅香一の過失割合であると認めるのが相当である(走行中の原動機付自転車が他の車両に接触された場合、足をついて転倒を防ぐことは極めて困難なことは見やすい道理であるから、左足の傷害の有無を本件事故の発生の過失につき斟酌することはしない。また、事故態様に若干不明確な点があるが、その点は、証明責任により被告らの亡浅香の過失の証明が重大であることの証明ができなかつたことに帰着し、被告らに不利益に働くものである。)。
そうすると、原告らの前記損害額から各一割を減額すると各二一五九万六六七〇円となる。
7 損害のてん補
原告らが自賠責保険から各一〇〇〇万一三〇〇円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、これを右損害額から控除する。
小計 各一一五九万五三七〇円
8 弁護士費用 各一二〇万円
弁論の全趣旨によれば、原告らは、被告らが任意に右損害の支払いをしないので、その賠償請求をするため、原告ら代理人に対し、本件訴訟の提起及びその遂行を依頼したことが認められ、本件事案の内容、訴訟の経過及び請求認容額に照らせば、弁護士費用として被告らに損害賠償を求めうる額は、原告らそれぞれにつき右金額とするのが相当である。
合計 各一二七九万五三七〇円
三 以上のとおり、原告らの本訴請求は、原告らそれぞれにつき各一二七九万五三七〇円及びこれに対する本件事故の日である昭和五八年五月二一日から支払いずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないので棄却することとし、訴訟費用については民事訴訟法八九条、九二条、九三条、仮執行宣言については同法一九六条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 宮川博史)
別紙図面
<省略>